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ブリコラージュ9月号 「買い物は元気の宝庫」

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ブリコラージュに連載 「生活リハビリの達人」への道
第15回「買物ハ元気ノ宝庫

今回主人公が老人ホームから出てデイサービスを応援に行きます。そこでの老人と買い物に行った出来事を考えます。
「利用者同士のもののやりとり禁止」なんて張り紙を貼ってる施設があります。悲しいです。それって利用者の元気を奪ってることになるよ。もっとそこ、細やかに考えようよ。禁止は思考停止だ!
それでは全文どぞ。

 

 

 

 

Mission15
買物ハ元気ノ宝庫

デイサービスは生活とリンクすべし
今日は隣のデイサービスが人手不足なので、臨時の応援に僕が行くことになりました。
デイサービスには僕の憧れの涼子先輩がいます。涼子先輩が僕にデイサービスの心得を教えてくれました。「デイサービスは食事・入浴・排泄の介護を中心に、生活全般を支えるお手伝いをしているのよ。なんといっても利用者さんの在宅生活を知って関われることが強みよ。送迎に行ったら、利用者さんがどんな部屋で過ごしているのか?とか、どんな家族構成なのか?とかをよく観察して、デイでの過ごし方やリハビリメニューを考えるようにしているのよ」

山田さんという男性の歩行介助をしながら「山田さんの家はとても段差が多いので、デイでは階段や送迎車のステップの昇り降りに積極的に取り組んでおられるの。これも立派な生活リハビリなのよ」
お昼寝の準備がはじまり、ずっと車椅子に座っていた男性がタタミで四つ這いになって布団まで移動しているのを職員が介助していました。涼子先輩が「あの方は、家で四つ這いで移動しておられるの。だから、床で移動できるリハビリメニューを用意しているのよ」と教えてくれました。各利用者の在宅状況に合わせて過ごし方や移動方法に細やかな工夫が凝らされているのがよくわかりました。

買い物は実践的な脳トレ
「あ、修くん、お昼からジュンコさんという方がお買い物に行くので付き添いお願いね。
そのジュンコさんだけどね、少しずつ認知症が進行しているの。だから買いすぎ注意でね。買わなくていいもののメモがあるからよく見てね」

僕は車椅子に座った小柄なジュンコさん(84才)に挨拶をしました。「こんにちは、中業修といいます。よろしくお願いします!」ジュンコさんは僕を横目でみて「フンッ、アンタ新入りかい?頼りなさそうね」そういいながら、赤く染めた髪をかき上げました。少しビビッてしまいましたが、いざ近所のスーパーまで二人きりで出発しました。昼のスーパーマーケットは混雑していて、車椅子での移動は苦労しましたが、ジュンコさんとの買い物はとても刺激的でした。
出発する前、買いすぎに注意と言われたので、一品一品を吟味しながらカゴにいれていきました。買い物中、ジュンコさんも僕も頭はフル回転といった感じ。ジュンコさんがどれを買おうか迷ったり、食材を手にとったりする、すべてが実践的な脳トレなのです。本日の買い物から素敵な脳トレを抜粋します。
「この醤油とこの醤油どっちが安いかね~」(値段の比較)
「冷蔵庫の中に何があったかね~」(風景の想起)
「朝、ヨメが何か言ってたけど、なに買うんだっけ?」(会話の想起)
「お金足りるかな?財布にナンボ入ってた?」(金銭の管理)
「もうナスの季節!『秋ナスはヨメに食わすな』な~んちゃって(笑)」(季節の気づき)
「小松菜、ほうれん草、青菜たちの色が鮮やかね~。修ちゃんといったかな?アンタ仕事で失敗してもシナシナと『青菜に塩』になったらいかんよ」(色彩の刺激)

僕はいままで老人ホームのお年寄りに計算問題なんかさせていたことが、とても気恥ずかしくなりました。脳トレするならドリルなんかより財布を持って町に出たほうが断然いいです。そして最後に大物の脳トレがありました。
それは『どのレジが早いか』です。混雑したスーパーではこの直感力が運命を分けます。「このレジ早そうだな」と並んだら前のおばちゃんがモメ出したのには参りました。「えっ、これ広告の品と違うの?じゃ、広告の品と変えてくれない?」あー悪いレジに並んじゃったよ、と思いましたが、こんなハプニングにもジュンコさんは動じず、プラスに変えてしまいます。「待ってる間に、アンタあの広告の品、とってきておくれ!」僕はティッシュ6箱を取りにダッシュするはめになりました・・・。

人は交換する生き物
「シュウくんや、今日はお世話になってしまった。これをひとつもらっておくれ」帰りがけ、すっかり仲良くなったジュンコさんが袋からお菓子を差し出しました。
「いやそれ、もらえないんです」「それじゃ私の気がすまない。チョコひとつだよ。お願いだから、もらっておくれよ」
追いすがるジュンコさんを僕は丁重にお断りしました。寂しそうなジュンコさんの目をみて、「なんだろう?この罪悪感」と思いました。

帰ってから仙人に今日デイサービスでの出来事を話しました。ジュンコさんの買い物のこと、お礼をお断りしたこと・・・。
思い切って僕は仙人に尋ねました。「お年寄りさんからの贈り物はすべて断ったほうがいいんですか?」
「難しい問題じゃ。たしかに高価な金品をもらうなどは持ってのほかじゃが、チョコひとつ、ジュンコさんの気持ちをむげに断るのもモヤモヤするじゃろう?」
「そうなんです!ジュンコさんもお礼の気持ちを受け取ってくれないと、少しむくれておられました」
「贈り物を禁止することは、人を元気にする視点からいうと間違いじゃ。
文化人類学者のレヴィ・ストロースは『人は交換する生き物』と定義しておる。人から何かしてもらうと、お返しがしたくなるじゃろう。人間は太古の昔から、この物のやり取りをしてきた。それが交易を生み、経済を生む原動力となった。だから人は他者からの贈与に対してお返しをする、お返しを受けたほうはまた返す・・・この往還によってヒトは社会を成り立たせてきたといっても過言ではない。だから施設で贈り物は禁止とか、利用者間のモノのやり取りは禁止とかしている施設はチト考えたほうがいい。それ、実は人間の他者と交流したいという本能を封じ込めていることになるのじゃ。そんな張り紙を貼っているのはお年寄りに『人間をやめてください』と言ってるのと同じことじゃ!」
「ほー仙人、大事なことに気付かされました。お世話になったらお礼をする。この繰り返しで人類は発展してきたんですね。今日は素敵なことを教えていただきました。なにかお礼がしたいのですが・・・」
「感心、感心。ではわしの教えに対する返礼を考えるのじゃ。よく冷えていて、泡があり、ググッと飲むとこの上なくウマイ・・・」
「あー、ビールですね。・・・でも、この前、仙人がうちの冷蔵庫を空にしてしまったので、きれいさっぱりなくりました。返し済みということでいいですか?」
「なんと世知辛いことをいう若者じゃ・・・」
仙人はシュンとして小さくなってしまいました。あ、これがジュンコさんの言ってた「青菜に塩」か・・・。

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