12月11日(日)林野会館 希望としての介護 ファイナル
鼎談を記憶を頼りに書き起こしてみました~
「座位からはじまるケア」
稲川利光(NTT東日本関東病院リハビリ医)
光野有次(でく工房 会長取締役)
松本健史(NPO法人丹後福祉応援団 理学療法士)
坐位からはじまるケア
座位がいかに生活の中で大切なものか?まだまだ我々が介護現場でできることがたくさんあることに気付かされる鼎談となりました。光野さんの一人一人の目的を考えた座位保持装置は手づくりです。ブリコラージュ(手づくり)の介護の可能性がここにも垣間見られます。医療と人間工学の幸福な出会い。興味深い話になりました。
■座ると患者さんの表情が変わる!
稲川 僕は急性期の病院でリハビリ医をしてるんですが、寝たきりにしないために早期の座位保持を大切にしています。何人も患者さんをみていくうちに、いくつか座位になるための手順などコツにも気づきました。
僕が担当したある患者さんは、座位をとって、物を噛むことで表情がすっかりよくなりました(写真を示す)。
表情も抗重力筋といって重力に対抗する筋肉なのです。重力に対して頑張ることで、目の輝きが違ってきますね。カッと力強いまなざしになるというか。それと噛むこと。これで生きる力が表情にもみなぎってくるんですね。
ある患者さんで、どうしても体が傾く、うまく座れないそんな脳性まひの方がおられたので、光野さんに相談したことがあります。ブリコラージュの表紙を飾った光野さんのお顔が良くて、思わず連絡をとったんです(笑)
松本 へぇ~そうするとお二人は3年ほど前からのお付き合いなんですね。光野さん、稲川さんから相談を受けた患者さんはどんなシーティングをされたんですか?
光野 体が右に大きく傾いてしまい、うまく座れない方だったので、車いすの右側に体幹を受け止めるクッションを設置しました。そして実は大切なのは、この場合の左の支えですね。右に傾くからと言って右側ばかりに気を取られてもいけません。右への体幹の傾きをとめると、必ずカウンターで骨盤は左にずれてきます。そこを支えてやるんです。そうやって体を支えるシーティングをおこなうことで、カットテーブルに手を乗せた、いい姿勢がとれるようになりました。
松本 やはりそうやって座位姿勢がとれると生活動作がどんどん広がりますよね。
稲川 そう。食事でも座位でものを噛むことが基本だよね。座位でものを噛むのと寝ながらものを噛むのでは、脳への血流量が違うというデータがでてるんです。寝ながらでは、大幅に血流量が減る。だから座ることは大事なんです。ただ気になるのは、座らせればいい、とばかりに病院で合ってない車いすに乗せられている人がいる。ああいったことは、なんとかしないとね。
■身体拘束?姿勢保持?
光野 まだまだ合った車いすを用意するという視点が少ないです。その人らしい生活動作をしてもらえるように車いすを調整することは大切です。私は厚生省(当時)で車いすについて意見を取りまとめたことがあるんですが、そのなかである施設が、シートベルトは自分で取り外せるから身体拘束にはならない。カットテーブルは自分で取り外せないので身体拘束になる。だから使いません、なんて意見が出たんです。
これは大きな誤解があるなと思いました。
松本 誤解というと?
光野 カットテーブルは、先ほどお見せしたように体が傾く人がテーブルに手を乗せることで、姿勢が安定する、食事がとれるといった生活動作には欠かせない姿勢保持装置なんですね。生活上、なくてはならないもの。それを単純に「自分で取り外せないから使いません」としてしまっては生活の質を悪化させてしまいますね。
だからなんの目的で使うのか?その人の姿勢保持のためにどんな支えが必要なのか?そういったことを考えないといけないんですね。身体拘束と姿勢保持、同じに見えてもその目的が違うことをもっと考えないといけないですね。
松本 光野さんはそれでシーティング評価表を現場で使うことを勧めてるんですね。
光野 そう。その人の座位姿勢を評価して、必要なシーティングをしていけるように用紙をつくりました。見直し日をしっかり記載して、期限を切って取り組んでいくことをおすすめしています。
■噛む力を引き出す昆布リハビリ
松本 稲川先生は噛む力を引き出すのに昆布を使ってらっしゃるとか?
稲川 そう。昆布はいいよ。噛んでしがんでとやってるうちに、いままで弱かった噛む力が出てくるんです。リハビリ用の噛む器具もあるんだけど、プラスティック製で、あんなもの噛んでも無機質でしょ。唾液がでない。その点、昆布はいい。嫌いな人はいないんです。アミノ酸のうまみ成分が入ってるからね。
光野 ガムじゃダメなの?
稲川 ガムはやっぱり飲みこんじゃうと危ないからね。長めの昆布をしっかり持ってあげて奥歯で噛みしめてもらってますね。この時にもやはり影響するのが姿勢。座っている姿勢ができるだけ傾かないようにしてます。皆さんもやってもらうとわかると思いますが、片方の坐骨に体重が乗っていると体重の乗ってないほうは噛みしめる力が弱くなるんです。ちょっとやってみてください。
(参加者が体験する)
松本 なるほどたしかに。右に傾くと右の奥歯で噛みしめやすいです。左の奥歯は力が入りにくい。
■看護は手当て 介護は手添え
松本 聞けば聞くほど座位姿勢が生活づくりに密接に関係していることがわかります。そのほかにリハビリ医の観点から介護現場への提言はありますか?
稲川 そうですね。食事の介助ですね。介助がスプーンを持って食べさせる場面を見かけますが、人は顔の前に物が近づいてくると本能的にのけぞります。だから嚥下しにくい姿勢になってしまう。そうじゃなくて、本人にスプーンを持ってもらうのがいいんです。
松本 スプーンが握れないとか口まで届かないっていう場合は?
稲川 その時は介助者が手を添えて口まで運んであげる。こうして介助すると自然な動作なので体がのけぞらない。嚥下にもいい姿勢になる。全員にやるのは難しいけど、「今週はこの人にしよう」と必要なタイミングを見極めて介助をすることならできるんじゃないかな?
松本 稲川先生のいう「看護は手当て」「介護は手添え」です ね。環境を工夫して、姿勢を整えて、それだけで終わらず、自然な動作がでるように介助する。とてもたくさんのことに気付かされました。
今日は光野有次さん、稲川利光先生から座位から始める介護の大切さについてお聞きしました。ありがとうございました。